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美の国・秋田の精神衛生事情

 

はじめに
 秋田県が美の国を自称するのは、美人の象徴・小野小町が生誕した地であり、しかも実際に美人が多いと古くから人口に膾炙されている誉れによるが、それだけではない。豊かな山水が多くの美米、美酒を産出しているという自負でもある。
  しかし、こと精神衛生となると美には程遠く、決して明るいものではない。
  たとえば自殺率である。12年連続して全国ワーストワンの不名誉から這い上がれずにおり、その背景要因と目されている長引く経済不況、県民人口の減少、少子老齢化、若者の流出など、県民のこころの活性は減衰している。
 精神医療においても同様で、近年では精神科医不在による精神科診療の閉鎖という憂き目に遭っている地域も続発しており、このまま精神医療サービスの格差が拡がれば精神医療難民が派生しそうな、危機的な状態にある。
 今回は秋田県の精神衛生の窮状について触れて、秋田が美の国にふさわしい活力を回復するための課題などについて語りたい。

秋田県の風土、県民性
 全県土の85%が山林、原野、国定公園などの森林で覆われ、しかも三方が山に囲まれて西の一方だけが日本海に開かれているという地勢から、内向的で保守志向の強い県民性が指摘される(祖父江孝男)。しかし豊穣な農地(県土の13%)が生産する美味な米と北前船に代表される海洋交易の隆盛から、ハングリー精神にかけ享楽的な県民性を指摘する人もいる(武光誠)。秋田県人の一人としてはどちらも隔靴掻痒の感があるのだが、これらの論評は県民に広く受け入れられている「ええふりこぎ」の精神性と無縁ではなさそうである。見栄っ張り、知ったかぶり、気取り屋といった県民性向を指す自虐的な俗論だが、人目を気にしやすい県民性をよく言い当てているとおもう。この「ええふりこぎ」の対人心理は、苦悩があっても堪えるという忍耐強さの一方で、弱みを見せられない、弱音を吐けないなどの心理から人に援助を求めたがらず、その構えは精神衛生の広がりや自殺予防に負の要因として働いているかもしれない。

美は色褪せ、暗い秋田
 文字通り暗いのである。日照時間は毎年1400時間前後で全国最低。それゆえにうつ病が秋田県に多いという実証データはないが、少なくともうつ病の養生に不利ではある。
 県民人口(平成17年、114.5万人)は毎年1万人前後減少していて、町や村が毎年一つ無くなっているのに等しい。その背景を探ると、連続6年ワーストの婚姻率(4.3)、出生率(6.7)11年連続ワースト、そして死亡率の高さ(11.4、全国8.6)、なかでも悪性新生物死亡は9年連続ワースト、脳血管疾患死亡は依然と高いままであり、その結果13年連続ワーストの人口自然減少率(4.7)を辿っている。
  また県民経済は中央との格差は著しく、全国的に見ても低迷している。たとえば県民所得は229.7万円(全国平均の81%)42位、貯蓄残高も全国平均の61%程度(44)であり、経済の停滞は人の転入よりも転出を招くので(社会増減率△3.2)、老年人口は増える一方で郡部では限界村落化が進行している。
 暗い話ばかりで気が滅入るので、なにか「ええふりこぎ」できる明るいデータはないものかと探してみたが、残念ながら少ない。せいぜい米の収穫量3位、持ち家率全国2位で全国平均の25%高、低い離婚率、美・理容院数が全国平均の二倍近くと多く全国1位、あとは交通事故死傷者数の少なさや、自慢にならないがアルコール消費量の多さか。
 アルコール消費量と自殺率の関係について疫学的な調査はほとんどなされていないようだが、よく飲酒する秋田、新潟、青森、宮崎、高知に自殺率は高く、飲まない奈良、三重、滋賀、岡山、香川、徳島などに低いのはなぜだろう。

秋田県の精神医療インフラ
 精神科医療施設も専門スタッフも全国平均から見て不足しているといわざるを得ない。精神科病院19(全国1482病院の1.28%)、総合病院精神科10、精神科診療所15(全国3092診療所の0.49%)、精神科病床数3354(全国35万床の0.95%)である。秋田県民人口は全人口の0.9%であるから、人口比で見る限りは精神科病院と病床数は全国平均にあるが、精神科診療所は決定的に不足しており、しかも市部に偏在している。郡部に精神科や精神障害への偏見が根強いのは、この偏在と無関係ではなく精神衛生の地域格差を意味するといえよう。 

 医療スタッフでは精神科医154(全精神科医の1.27%)とほぼ足りていても、臨床心理士は77(0.51%)、精神保健福祉士も172(0.57%)と少なく、全国レベルに達するにはもう二倍ほどの人員が望まれる。
 図1に見るように、総合病院精神科、精神科病院、精神科診療所は30万人口の秋田市近郊に集中し、県北県南の郡部には精神科病院は足りても診療所は不足している。しかも県北では、大学病院からの医師派遣が困難な事態から総合病院有床精神科2 施設が閉鎖になっており、精神医療過疎の現況にある。

秋田の自殺
 さまざまの予防対策を官民あげて行ってきているのだが、その実効性が乏しく12年連続して全国ワーストを続けている(この研究集会発表以後に厚生労働省の人口動態統計の発表があり、秋田県は平成18年度も自殺率42.712年連続のワーストとなった)
 ここ数年間は毎年450-500人の自殺者数で、男性が女性の2.6倍と多く、年代的には50代がもっとも多く、次に60代、40代の順で、とくに県北、県南の農村部に高いという結果である。原因別では、高齢者は病苦、中年層は借金苦、事業不振、青年層は精神障害となっている。病苦が真の自殺動機かどうかは怪しく、苦悩ゆえにうつ病などの精神障害が隠れている可能性も指摘されている。
 なぜ秋田県になぜ自殺率が高いかについての実証的な説明はない。秋田県だけでなく青森、岩手などの北東北3県が高いことから、3県に共通する気象条件、日照不足、降雪量の多さ、寒さなどの要因もあげられるが、60年代までは自殺率は高くなく全国平均レベルにあったところから、この気象要因には否定的な論が多い。
 むしろ第一次産業、二次産業が元気な時代には自殺率は高くなく、高度経済成長を上り詰める70年代半ばから上がっている事実は何を意味するのだろうか。経済変動は東北の農村部のコミュニティにも急激な変化をもたらした。大人の出稼ぎ、若者の流出という人の流動は農村コミュニティの空洞化、過疎化、高齢化と老齢者の孤立、農家の生計構造の変化などをもたらすのに十分過ぎるものであった。
 予防対策として、県健康福祉部、県医師会、市町村保健所、社協、秋田大学などが連携して、県民向けの啓発活動、相談事業、プライマリケア医へのうつ病研修、町村単位のモデル事業のほか、民間による各種自殺予防活動など展開してきている。モデル事業の町村では予防の効果が見えてきたのだが、しかし活動が不十分な郡部では依然として高く、また市部ではその意識が乏しいなどの実態から、予防対策をまずは市町村行政の責務と位置づけ、首長がその先導役を担って地域全体での取り組みとして推進しようという動きになっている(ちなみに、先日報道された自殺対策支援センター・ライフリンクによる全国調査によると、自殺対策の評価点は秋田県がトップであった)

秋田のニート問題
 人付き合いに地縁血縁といった縁故がまだ色濃く残る秋田は、家庭内事情の守秘性を保ちにくい内閉社会である。人さまの噂にはとても関心高い社会といってよい。だから精神障害や引きこもりを家族が隠しても、実は近隣、親戚縁者はその事実をよく知っているのだが、その縁は支援の力には援用されない。家族の問題は、たいていは嫁(母親)の血統に(スケープゴート)にされていて、婚家に否定され実家には隠さざるを得ない二重の束縛に置かれる母親の精神衛生は劣悪である。親戚縁者は、無関心なのではない、相手の「ええふりこぎ」を暴かない優しさといったらよいのかもしれない。このような血縁的内閉社会である農山村部の引きこもりは表に現れにくいから、都市部よりもたぶんはるかに多いのではなかろうか。
  一方で不況が一向に好転しないこの地方では、アルバイト、パートなどの職が不足しているから、退学、失職はニート、引きこもりに直結しやすい。内閣府の就業構造基本調査では、本県に5400人の若年無業者数を推計しているが、表向きには農業等の家業を手伝っているとしてカウントされないニートも少なくないのではなかろうか。
  秋田県青少年問題協議会の調査(平成193)では、若年無業者の6割に学校時代のいじめられ体験があり、5割に「人間関係がうまくできない」ことから「働く不安」を自覚している。この結果は、無業者対策には単に若者の雇用促進では足らず、彼らの傷つき自信のない心の回復やソーシャルスキルを開発する支援の必要性を意味していよう。
  ちなみに、小クリニックのデイケア利用者の調査でも約6割にいじめられ体験があり、その傷つき体験が後の対人不安と不登校、引きこもりに結びついていることから、小クリニックでは自尊心や社会性の開発を目的とした各種の表現教育、社会体験学習のプログラムを組んでいる。

長信田の森外来のPTSDから
 車社会の土地柄といえようか、単回性のPTSDでは交通事故被害が7例と一番多い。複雑性となると操作診断のPTSDに合致しないケースもあるのだが、多くは適応不全、不安定な人間関係トラブルに伴う二次的障害、たとえばうつ状態、パニック障害、自傷、解離症状などを主訴に受診しており、面接の流れで過去に持続していた(あるいは今も続いている)被害体験が語られて初めてトラウマを知らされる。内容的には親、同胞、恋人などによる被虐待が8例、上司によるパワハラ2例、夫によるDV、離婚した前夫のストーカーなどによる被害が4例などである。生徒のいじめを理由とする不登校は少なくないのだが、操作診断ではPTSDには該当せず、ほとんどが適応障害とすべき事例となる。

終わりに
 秋田県の精神衛生事情の一端を述べたが、課題は山積している。
 たとえば、引きこもり対策、不登校については全国に先駆けて在宅ネット教育の場とした教育特区「スペース・イオ」を開校したが、引きこもりに関してはまだまだ家族会も少なく県行政の施策も進んではいない。有数の酒飲み県なのに断酒会もAAも少なく、県行政もせいぜい飲酒運転撲滅運動の程度であって健康施策としては不活発である。またパチンコが数少ない娯楽の一つであるこの地では、パチンコ嗜癖が多重債務を招いている実情なのだが、ギャンブルや薬物などの嗜癖問題に関する精神衛生対策は乏しい。さらには高齢化率28%と高く3年後には老年人口が全国1位に推定される秋田県であるが、その高齢者たちもまた地域社会から引きこもっていて、自殺の遠因にもなっている。引きこもっているのは若者やご老人だけではない。精神障害者やその家族もまた地域から隔絶され繋がりのない生活に陥っている。当事者の自発的創設を待つのでなく、医療機関や保健所の方から家族会やユーザーのための自助組織を創生し育成するのが責務であろう。
 しかし精神衛生の担い手の努力だけでこの地の精神衛生を良くするには限度がある。秋田県では、まずは農業経済の安定化、地方経済の活性化、中小事業の産業振興などが実現されなければ、人口減少も村落の空洞化も食い止められず暗くなる一方であろう。

平成19429

精神衛生学会MCRT全国研究集会(教育講演)

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