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コンビニエントでカンファタブルな精神医療へ
 

 

 あなた自身もしくはあなたの身近な人が、もし心の不調に陥ったら、抵抗なく精神科へ相談を持ちかけるでしょうか。一言で心の不調と言っても、ぴんと来ないかもしれませんので、何かしら「いつもと違う」、「おかしい」と感ずる事態を想定してみてください。気まじめな人が会社(学校)に行かなくなった、明るい人がメソメソしやすくなった、温和な人がこのところ不機嫌になった、論理的な人が最近辻褄の合わないことを言う、でもいいでしょう。そんな時、内科や外科にかかるような気軽さで精神科の門を叩くでしょうか、受診までには相当に紆余曲折があるようです。
 実際、私どものところでも外来者の多くは、たとえば不登校児は内科や小児科でさまざまの高度な検査を受けてから、引きこもり青年を抱える家族にいたっては引きこもって数年後に、あるいは家庭内暴力を起こすようになってはじめて来談というケースがほとんどです。壮年・熟年層では、整形や婦人科などに長期間通院していて、やっと来院するというのがおおかたの受診経路でした。「でした」と過去形にするのは、徐々にですが直接来院する方が増えているからです。私どもの「客待ちの医療から発信の医療へ」という活動が幾分は認知されつつあるのではと我田引水しております。

 そもそも、なぜ精神科はかかりにくいのでしょうか。
それは精神医療が閉鎖的であったからです。体の病気である、かつての結核でも、つい最近までのハンセン氏病も隔離閉鎖医療の施策を採ってきたから、患者は差別され社会生活から排除されてきました。精神医療も同じです。世間の精神科にたいするイメージは、地方ではまだまだ「暗い」、「怖い」、「入ったら出て来られない」のようで、そのような偏見が受診を抑制していると言っていいでしょう。もっともこのような偏見形成のほとんどは精神医療の閉鎖性にあったのですから、世間を責めるわけにはいきません。偏見を解くためには精神科医療がもっと開放的であるべきなのですが、なかなか進展していないのが現状です。微力ですが、私どもの精神医療は家族や学校、地域と連携し、治療構造が見えやすいように活動を展開しております。
 精神科を忌避するもう一つの理由は、心の病にたいする誤解です。人は心身一如の存在ですから、体の病気と同じように誰もが心も病気になりうるのに、なかなか市民権が得られません。心の病 = 何をしでかすか分からない、犯罪、という予見がないでしょうか。犯罪統計学的にみてまったくの誤解といっていいのです。確かにその原因が見えにくい分だけ分かりにくいのですが、何をしでかすか分からない可能性は健康人と同じ頻度なのです。世間の耳目を集める凶悪事件があれば、単純に精神疾患と結び付けた講釈を垂れ流すメディアにも責任なしとはいえません。誰もがそういった病とは無縁でありたいと願うのは当然で、精神科にかかればそのようなレッテルを貼られる怖れが、受診を躊躇させているのではないかと思います。世間に心の病にたいする正しい理解が得られるように健康教育、心理教育が必要なゆえんです。保健行政に任せてばかりもいられませんので、私どもが全県に向けて二ヶ月に一回公開セミナーを、年二回はシンポジウムを、そして教育関係者とは毎月一回、教育臨床の勉強会を開催しています。また患者さんたちによる夏の「長信田祭」にはそのご家族はもちろんのこと、地域住民や保健福祉関係者、教師などをお招きしたり、四季折々の地域の祭りには患者さんともども参画させていただくのは、こちらから発信・参画することでしか精神医療の偏見と誤解は溶解しないという思いからであります。

 いまや国民の精神保健は劣悪な状況です。産業界では不況による先行き不透明な経済のなかで、勤労者はリストラ不安、倒産危機などの不安な状況におかれております。教育界ではいじめ、不登校といった子どもたちの不適応は減る兆しはありません。家庭に目を向ければ、すでに地域の繋がりは薄れ、老親の介護や子どもや夫婦間の問題といった家庭内の葛藤を解決するサポートは身近には働かなくなっております。
 まさに、不安の時代です。実際に、自殺率や心の病の有病率から見ても、国民の精神健康は悪化の一途を辿っております。
 このようなストレス社会で精神医療が座して客を待つだけでは遅すぎるし、サービスが悪すぎるといえましょう。まずは誰もが気楽に相談できるように、敷居を低くし間口を広くする必要があります。つまりコンビニエントであらねばならないのです。
 身体の病と違って心の病はすべて「関係性の障害」として表現されます。親子、夫婦関係、友達関係、教師生徒関係、上司部下関係といった「人と人との間」、あるいは「人と会社(学校)との間」の不調和として表現されます。その不調和は原因でもありうるし、また脳の生理的機能の失調に原因がある場合は結果でもありうるのです。いずれにせよ「生活の場」で不調は起こるのです。そのような関係性の不調を、速やかに精神医療に相談し癒すことができれば、生活の支障あるいは人生の困難は少なくなるはずです。
 仮に今日の精神医学ではその不調を根源的に解決できない場合であっても、少しでも「癒し」になるような、あるいは一服の清涼剤になるような治療的関わりと場を現代社会は求めているのだろうと思います。つまり、コンフォート(慰安、安らぎ、居心地の良さ)を提供できる医療です。
 長信田の森は、ささやかながらも時代の要請に応えるべく、コンビニエントでカンファタブルな精神医療の先駆者でありたいと願って研鑽を積んでおります。

(あきた経済 平成1512)

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