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世間は鬼だらけ?
 

 世間には、鬼が棲んでいる。

 鬼とは、実は世間の人に対する、こちら側の内なる不安の投影である。世間を広げる体験は、ウチからソトへと出て、見ず知らずの人と出会い、馴れ親しむ関係を築き上げる過程である。しかし人と渉りあう力がなければ、不安と怯えから世間は鬼だらけになってしまう。

 「人見知り」を連想すれば、分かりがいいかもしれない。お母さんの後ろに隠れて、関心を寄せる相手を窺い知ろうとする対人的な構えについてである。母親というシェルターが保証されているからこそ、子どもは不安ながらも「怖いもの見たさ」という好奇心のままに見知らぬ相手に視線を向けられる。だがその保証がなければ、相手は鬼に相貌化してしまうのだ。

 しかし、幼児でもない不登校や引きこもりの若者が、なぜ対人関係から退散するのだろうか。

 彼らには、対人関係に何かしらの不安や不信が内在しているようだ。とくに同世代に対してである。若者が参集するデイケア活動を運営していて、実際彼らは大人とは付き合えても、同世代との交流を回避する傾向がよく見られている。同世代の組織集団である学校という世間に出たものの、そこで同世代との関係をうまく築けなかった「負の体験」が自信を失わせているようだ。多くの場合、仲間体験が乏しいし、あるいはいじめられ体験を有しているからである。つまり、自身の中に世間を渡っていくだけの人付き合いのスキルが充分に育っていないといえよう。

 不登校・引きこもりだけではない。少子化の地域社会は、今日の子どもたちに社会化を醸成するはずの体験、とくに同性同世代と群れて遊ぶ仲間体験(ギャングエイジ)を失わせ、対人関係を構築する力の開発に大きな影を落としている。学校であれ地域であれ復権すべきは子どもたちに対する、「群れる体験」の育成だと思う。

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