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春は胎動の時。 進学に就職にと転進を求めて学び舎を巣立った若者たちは、さぞ自分の可能性に胸膨らませているであろう。いつの時代も、春は未来の結実に向けて心が「張る」季節であった。 しかし、近年、佇む若者が目立っている。旅立たないのである。 この春卒業した大学生の二割が、高校生の十数パーセントが就職でも進学でもない、とりあえずフリーターという身の振り方を選択している。雇用が冷え切っている不景気にも原因があるのだが、実は経済が右肩上がりに活況した時代にもこのような停滞する若者はいた。豊かな時代の副産物といってよい。 たとえば、60年代初頭に学校臨床の俎上にのった不登校は年々増えつづけ、昨年度のデータでは10年前の二倍にも及んでいて、実に小学生の250人に一人、中学生の36人に一人の頻度である。高校生の実態は詳らかではないのだが、約二パーセントが退学していてそのほとんどが学校適応不全を理由としているところからも推量されよう。 学歴の成功者といえる大学生においても然りである。勉学意欲を喪失し留年や休学を繰り返す無気力学生が、70年代頃からすでに大学精神保健上の問題として取りざたされてきた。また首尾よく卒業しても、かつては適職を求めて彷徨する青い鳥症候群の青年が、昨今では就職せずに自宅で趣味に合った生活を楽しむ高学歴のパラサイト・シングルが社会問題となっている。 彼らは、社会や組織に与せず、対人関係からも引きこもっているのだが、けっして社会に関心がないのではない。社会にアンテナを張りつつも停留しているのである。世間に棲む鬼と渉り合う自信がないのだと思う。
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