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健康の時代の不健康
 

 世はまさに健康ブームです。
書店には健康読本が山積みされ、店頭には健康食品にサプリメント、健康機器が所狭しと並び、新聞、テレビは健康情報を欠く日はありません。このように健康が商品として氾濫する時代はあったでしょうか。

 病の文化史を専門とするある学者によれば、経済的に豊かな時代には健康が流行るらしく、貝原益軒の「養生訓」を筆頭とする健康本が江戸に多数出回ったのも、好況の元禄時代だったそうです。

不況の現代はどうでしょうか。最近の調査によると八割もの日本人が自分を健康だと自覚しております。にもかかわらず、生活意識調査では六割の人が健康をもっとも大切だと答え、そして七割もの国民が健康に気を遣った生活をしているのですから、確かに「健康の時代」と言えます。しかし、一方で不安や悩みを尋ねると、最も高いのが健康の不安なのです。健康に関心を払い、健康的な生活行動をとっていながら、健康不安を抱えるパラドックス。元禄と違って、どうも「健康の」時代はそのまま「健康な」時代ではないようです。

 アリエスが指摘するように、現代は死をタブー視する社会文化です。だから現代人は、老いや不健康、病といった死の象徴に怯えずにいられないのかもしれません。現代人の健康意識には、その不安を防衛するために絶対的健康を希求する強迫の心理が潜んでいるように思います。

 強迫とは、ばかばかしいという不合理性を熟知していながら、そうせずにはいられない衝動を意味し、曖昧や不確実、予測不能性を忌避する完全主義の心理です。微細な心身不調を自覚すれば健康ドリンクを買い、健康に良いとあれば無理なダイエットも面倒なスポーツも厭わない現代人は、もはや健康強迫病と言っていいでしょう。「健康の時代」は、健康に怯える時代のようです。

 たとえば、血圧に一喜一憂し、「アタル」のではないかと怯えて日に何十回と血圧を測る脳卒中恐怖症。睡眠絶対量にこだわる人、一定時間を毎日歩かねばならない人、正常値から少しでも検査データが外れると病気を恐れてしまう人、食後の時間をまめに計測して内服する人などなど、健康数値に呪縛される人が見受けられます。すべては健康情報の副作用なのですが、健康のDDTばかりばら撒かれると、かえって生きづらい証左です。

 そもそも健康は、幸福な生き方を実現する手段なのであって、人生の目的ではありません。健康に怯えさす健康至上主義よりも、健康に対して「非まじめ(不まじめに非ず)」な構えの方がはるかに健康的だと思うのですが、不まじめ過ぎる私見でしょうか。

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